OVERVIEW 概要
- テーマ
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ESG評価に特化したマルチモデルAIエージェントの共同開発によるエンゲージメント業務の高度化
- お話を伺った方
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農林中金全共連アセットマネジメント株式会社
企画部 部長 高田 翁太朗 様
運用部 株式パッシブグループ 次長 ファンドマネージャー 菅野 雄大 様
- 課題
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機関投資家のエンゲージメント業務において以下のような点を長年の課題として認識
- 対応可能範囲の制約
ESG評価の机上調査には1銘柄あたり数時間を要し、全投資先への対応は現実的でない - 一貫性のある評価の担保
一定の評価項目・評価軸を設定していても各担当者の主観は介在せざるを得ない - データの更新性の限界
各銘柄を常に最新の情報へ更新することは困難であり評価時点とのラグが発生
- 対応可能範囲の制約
- 解決/成果
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- 適時性・即時性
ESG評価の半自動化により、日次で最新情報での評価の参照を実現。 - スケーラビリティ
人的リソースの限界から時価総額上位銘柄に優先せざるを得なかった評価対象銘柄をTOPIX採用銘柄全体へ拡大。 - 統一性・定量性
AIによる統一的・定量的な評価により、一貫性のある評価を担保するとともに、企業間比較による取り組みの優劣や、同一企業の時系列比較による取組み状況の変化が把握可能に。 - 対話内容の充実・企業価値評価の高度化
机上調査に要する業務時間を大幅に削減。エンゲージメント業務の本来の意図である、投資先企業との建設的な目的を持った対話により多くのリソースを投入可能に。 - 機関投資家としての説明責任の担保
AIによる評価根拠の可視化によりESG評価のアカウンタビリティを担保。
- 適時性・即時性
ESG投資の重要性が高まる中、投資判断における非財務情報の評価は機関投資家にとって欠かせない業務となっています。しかし、その評価プロセスは多くの時間とリソースを要し、評価の一貫性や最新性の担保が課題となっていました。
農林中金全共連アセットマネジメント株式会社(以下、NZAM)様は、農林中金・全共連等の日本を代表する機関投資家によって設立された資産運用会社で、国内有数の運用資産を管理しています。NZAM様はESG投資にも注力し、2020年に責任投資原則(PRI)に署名するなど、精力的な取り組みを展開してきました。
このような背景のもと、NZAM様はさらなるESG評価プロセスの効率化と高度化を目指し、HEROZと共同でESG評価に特化したマルチモデルAIエージェントの開発に着手。2024年10月から構想策定を開始し、2025年6月から本格運用を開始しました。
今回、本システムの共同開発に携わった同社の企画部 部長の高田翁太朗様と、運用部 株式パッシブグループ 次長 ファンドマネージャーの菅野雄大様にお話を伺いました。
長年の課題であったエンゲージメント業務高度化への挑戦
- ESG評価業務にAIの活用を検討された背景をお伺いできますでしょうか。
- 菅野様
- NZAMとしての狙いを端的に言えば「エンゲージメント業務の高度化」となります。エンゲージメントとは、責任ある機関投資家に求められる「目的を持った建設的な対話」を指します。
運用会社は、お客様の中長期的な利益のため、このエンゲージメントあるいは議決権行使を通じて、投資先企業の持続的成長や企業価値向上を促しスチュワードシップ責任を果たしています。そのため、エンゲージメント業務は運用会社として必ず求められる不可欠な業務であると言えます。

- エンゲージメント業務において抱えていた課題について教えてください。
- 菅野様
- その一方で、エンゲージメント業務においては、長い間の課題がありました。それは、運用会社の投資先企業の数が1,000社を大きく超えるため、その全ての企業に対して実効性の高いエンゲージメントを行うということが極めて困難であるという点です。そのため、現実的な対応としては時価総額上位銘柄を中心に取り組まざるを得ない、というのが当社を含めた運用会社各社の課題認識だったと考えています。
エンゲージメント業務の核となる「目的を持った建設的な対話」を行うためには、そもそも対象となる企業のどういった点に改善の余地があるのか、有価証券報告書や統合報告書などの各種公開情報を基に特定する、いわゆる机上調査が必要となります。
今回、エンゲージメント業務へのAI活用の狙いはまさにこの点で、公開情報の読み込みを含めた机上調査をAI化により大幅に省力化し、エンゲージメント対象の企業の絞り込みを容易にすると同時に、各企業との対話自体により“多くのリソース”を投入できる体制作りを目指したものです。
HEROZを選んだ理由は、深い業務知見と安心の伴走体制
- 今回、当社を開発パートナーとして選定していただきましたが、選定の基準や採用理由などを教えてください。
- 菅野様
- 今回の開発案件については、はじめはHEROZさんを含めた複数のAI事業会社様とご相談させていただきました。そのうち、最終候補先の会社様へRFP(提案依頼書)を送付し、社内で比較検討を行った末、最終的にHEROZさんとご一緒させていただく決定をしました。これは余談ですが、自分が通勤中に開いている将棋ウォーズの会社であることには途中で気付きました(笑)
選定においては、まず金融業界における知見と実績を持った企業であることを重視していました。その観点で面談を重ねる中で、HEROZの金融ユニットの担当者は資産運用業界ないし、NZAMの業務課題に関しての理解度が高く、そのような担当者およびチームにソリューションの提案からAIシステム開発までを伴走していただけることは安心感が高いと考えました。
- 高田様
- AIのような先端的なソリューション開発の選定においては、最終製品が存在するわけではないため、何を手がかりに判断するかが重要でした。結局は、提案内容に対する納得感と、AIに疎い我々にもわかるような説明をしてくださったことが決め手となりました。特にHEROZの担当者の方は、私たちの断片的な説明を理解し、それを整理して分かりやすく言語化する能力が非常に高く、それもパートナーとしての信頼感につながりました。

- 開発プロセスではどのような工夫がありましたか?
- 菅野様
- 開発過程においては、NZAM側から評価基準と教師データを提供⇒HEROZ側でモデルの開発⇒NZAM側でモデルの生成結果を評価⇒HEROZ側でモデルの精度向上へのチューニング、といったサイクルでAIシステムの構築を行いました。
開発を進める中で課題となったのは、AIに学習をさせていくうえで、評価の高い開示内容(テキスト文章)についてはピックアップしやすいが、評価の低いものに対してはそもそも開示がないケース(該当するテキスト文章がない)も多いため、教師データが良いものに偏り、結果として評価スコアが高くなりすぎる傾向があったことです。対応策として、LLMに要約文を生成させ、その要約文に対して評価を付ける形で教師データとするような工夫をHEROZさんよりご提案いただいたことで、メリハリのついた評価結果を得ることが出来るようになったと考えています。


処理のプロセス
困難に思えた“アカウンタビリティの担保”もカタチに
- 開発においてこだわった仕様やポイントについて教えてください。
- 菅野様
- 今回のAIエージェント開発を検討するにあたって重要視していたのは、AIの評価結果に対して「当社としてのアカウンタビリティをどのように担保するか」でした。AI活用に関する課題として「AIの判断結果を人間が理解することは容易ではない」ということはよく耳にしており、AIの出力結果を材料にエンゲージメント業務を行う以上は出力結果が“ブラックボックス化”することは避けたいと考えていました。
このアカウンタビリティの担保を業務要件としてご相談はさせていただいていたのですが、正直なところ、実現可能であるかどうかは、当初我々としても判断がついていませんでした。しかし最終的には、AIの判断根拠(公開文書の該当箇所など)を参照できる形に設計していただき、重要個所がハイライトされるなど、視認性も良いため非常に実用性が高いと考えています。

- また、エンゲージメント業務における判断基準は、時間の経過とともに変化していくものであると考えていますので、今後もHEROZさんと協業して新たな判断事例を教師データとして与えることで継続的にエージェントシステムをアップデートしていきたいと考えています。陳腐化を防ぐという意味でも、やはり単なる出来合いのシステムではなく、AIを活用するメリットは大きいと考えています。
調査できる企業の数、評価判断の統一性が大幅に向上し、社内への波及効果も生まれる
- 本AIエージェントの開発によって、具体的にはどのような効果が得られましたか?
- 菅野様
- まず定量的な面でいえば、机上調査の対象範囲を大幅に拡大することができました。1,000銘柄を大きく超える投資対象企業の全てを人手で調査をすることは現実的ではないのですが、今回のAIエージェントを開発・導入したことで、投資対象企業のほぼ全てをカバーすることが出来ています。
また、量的な面だけではなく、質的な観点でも評価判断の統一性が大きく向上したと考えています。評価基準を定めたとしても、担当者ごとに主観が少しずつ異なることは人である以上は避けられません。AIを活用することで“ブレのない統一的な評価”が可能になりました。
従来のように投資対象企業の調査を人手で行うのであれば、当然ながら1企業当たり数時間はかけていく必要があったのですが、現在は各企業の公開情報が更新されると速やかに評価も更新されます。本AIを活用することで、エンゲージメント業務の本来の意図である「投資先企業との建設的な目的を持った対話」により多くのリソースを投入することができています。
- 高田様
- 社内でも波及効果が出てきています。先日、部内で今回のAIエージェントを紹介したところ、実際に目にした他グループのメンバーからも「こんなものがあったら、私たちも業務で使ってみたい」という声が続々と上がりました。一度実物を見ると、その有用性にすぐ気が付くのですね。一つのユースケースが出てくると、「うちでもこんなことをやってみたい」という話が広がり、新たな活用アイデアが生まれています。

上手なAI活用は人の仕事を奪うのではなく、専門性を発揮する機会を与えてくれる
- 今後拡張したい機能やシステムはありますか?
- 菅野様
- これはあくまで私個人の考えですが、今回は有価証券報告書や統合報告書といったテキストデータの評価をターゲットにシステム構築を行っており、これに財務情報も加えた形で、より総合的な評価を行えるようになると更に魅力的なAIになるのではないかと考えています。また、利用用途に関してもエンゲージメント業務だけでなく、例えば格付けなどの投資評価の論点整理にも有用なのではないかと考えています。

- AIと人の共創関係についてご意見をお聞かせください。
- 菅野様
- こちらもあくまで私個人の意見ですが、AIは必ずしも人間の専門性を奪うもの、取って代わるものではなく、むしろAIを上手く活用することで人間の専門性をより高く発揮する機会を与えてくれるものと考えています。
今回開発したAIエージェントでは投資対象企業に対する机上調査にAIを活用しましたが、逆の見方をすれば、ある意味誰でも出来る定例的・定型的な判断をAIに任せただけとも言えます。本プロジェクトの狙いの一つでもありますが、AI活用によって創出した余力をより付加価値の高い業務に振り分けることで、高い専門性を発揮できるのではないかと期待しています。
- 高田様
- 金融機関の重要な資産は「人」と「システム」だと言われます。RPA(Robotic Process Automation)等の従来型のシステム化はかなり進展してきましたが、エンゲージメントのような大量の情報処理が必要な業務はまだ手作業に頼る部分が多く残っていました。あるべき姿としては、対人のコミュニケーションで付加価値を発揮したい。その現状とあるべき姿の間の架け橋になる役割をHEROZさんには果たしていただきました。単純に技術があるだけでは課題解決は難しく、鋭い課題把握能力と高度なコミュニケーション力で道筋を照らし、導いていただいたパートナーだったと思います。
目的をもったAI活用と現場ドリブンが成功のカギ
- 最後に本プロジェクトについての総括とAIエージェント導入を検討している業界他社へのアドバイスやメッセージをお願いします。
- 菅野様
- 今回、NZAMとしては初のAI活用の試みとなりましたが、HEROZさんとのプロジェクトにおいては、当社のエンゲージメント業務の詳細を把握する「アセスメントフェーズ」、AIの業務活用の妥当性・実効性を検証する「PoCフェーズ」を経て、実際にAI構築を行う「開発フェーズ」へと進んでいただきました。
そこから学んだことは、「AIは目的をもって利用して初めて価値が生まれる」ということなのではないかと思います。AIの活用を検討する上では「AIを使って何かすごいことをやってやろう」あるいは「きっとAIが全てやってくれるに違いない」と考えるのではなく、「今は人手で行っているこの業務ないし作業をAIに置き換えられないか」と考え、業務全体のフローの中に上手くAIを当てはめることが出来るかを“デザイン”し、検証することが肝要であることを学ばせていただきました。

- 高田様
- アセットマネジメント会社では株式投資を通じたエンゲージメントが中心ですが、銀行などの融資業務でもエンゲージメントの重要性が高まっています。両者とも大量の情報処理と投資先・顧客との有意義な対話という共通課題がある中で、当社のプロジェクトは、上場企業である投資先が多いなど業務特性の違いはあるものの、そのコンセプトは幅広く応用できる取り組みだと考えています。多くの金融機関がこのようなソリューションを必要としており、AIの可能性に気づいていただくきっかけになればと思います。
また、AIに限らず、新しい取り組みは“現場発”でないとうまくいかないと感じています。トップダウンの取り組みはなかなか定着しにくいものです。今回のプロジェクトでは、現場ドリブンで具体的なユースケースを想定し、かなり具体的な仮説を描いた上で、頼りになるパートナー企業であるHEROZさんと壁打ちしながら磨き上げていきました。経営企画の立場からも、このような仕事の進め方が成功につながったと感じています。今後も各チームでアイデアを出し、現場の知見を大切にしながら、AIを活用して付加価値の高い仕事をしていける体制づくりを進めていきたいと思います。
- 今回、NZAM様とHEROZで共同開発したマルチモデルAIエージェントは、NZAM様の業務に大きな変革をもたらし、“目的”としていたエンゲージメント業務にまつわる机上調査の半自動化による大幅効率化と企業との建設的な対話強化を達成しました。
特に注目すべきは、AIを「人間の仕事を奪うもの」ではなく「人間の専門性をより高く発揮するためのツール」として位置づけ、実際にその価値を実現した点です。この取り組みは、金融業界のみならず、多くの企業にとって、AI活用の新たな可能性を示すものとなるはずです。
国内有数の運用資産を管理し、日々多数の投資先と向き合うNZAM様と金融業界への理解と技術力に強みをもつHEROZだからこそ実現できた革新的な事例として、今後の資産運用業界ならびに金融業界におけるAI活用の先駆けとなることが期待されます。
HEROZは、世界最強クラスの将棋AIを構築し、AIコンペティションでの優勝なども多いエンジニア集団です。機械学習・深層学習(ディープラーニング)を活用したAI関連手法を独自のコア技術として、建設・金融・エンタメ業界など、各業界のDXの中核を担うAI開発を、構想策定から実装、運用まで一貫して支援いたします。将棋AIで培った勝ちへのこだわりで、PoC倒れせず、成果を出すことを追求し続けます。
